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なぜ心が不安に支配されてしまうのか?


 

あなたはこんな経験はありませんか?

 

結婚式のスピーチを頼まれて、事前にしっかりと原稿を作って

何度も練習したにもかかわらず、

いざ本番では緊張してしまってうまく話そうと思っても、

せっかく覚えてきた内容を忘れてしまったり、

自分でも意味不明なことを話してしまったりして、

自分で自分の思考や心が制御できなくなってしまう…。

 

どうしてこういうことが起きるのでしょうか?

 

あるいは、グループでだったら普通に会話ができるのに、

一対一になった途端に急に緊張してしまって、うまくしゃべれなくなったり、

挙動不審な行動をしてしまう…。

 

本心では、その友達と仲良く楽しく話したいのに、

自分でも原因がわからないままなぜか会話ができない。

なので、自分から友達を避けてしまう…。

 

 

こうしたことはコミュニケーションの場面だけではありません。

 

 

例えば、スポーツの試合。

 

練習ではできることが、いざ本番になると緊張してしまって

自分の心がコントロールできなくなってしまい実力が発揮できない…。

 

 

どうして、普段はできることが、環境や場面設定が変わっただけで、

途端にできなくなってしまうのでしょうか?

 

 

それは「不安」が私たちの心を支配してしまうからのようです。

 

 

心を支配しコントロール不能にする「不安」

 

 

たとえば、結婚式のスピーチを頼まれた場合など

「うまく話せるだろうか?」「笑われないだろうか?」といった不安が、

心を支配してしまい、コントロール不能にしてしまうからです。

 

 

そんな時に、私たちは「リラックスしよう!」とか

「落ち着け、落ち着け」と自分に言い聞かせたりします。

 

そうした言葉がけが功をそうして緊張や不安から抜け出せればいいのですが、

いくら言葉をかけてもなかなか不安や緊張から抜け出せないと、

今度は「このままリラックスできなかったらどうしよう…」と、

新しい不安を生み出し余計に緊張してしまうことがあります。

 

 

リラックスしようと焦れば焦るほど、逆にどんどん不安が拡大していき、

不安の悪循環に陥ってしまうのです。

 

 

その一方で、不安や緊張とはまるで無縁のように見える人たちもいます。

 

 

大勢の前でもなんら動じることなく流暢にスピーチをしたり、

本番でも練習同様にリラックスできている人がいます。

それどころか、本番の緊張感を楽しめる人もいます。

 

 

この違いは一体なにが生み出しているのでしょうか?

 

 

なぜ不安の連鎖が起きてしまうのか?

 

 

不安の悪循環に陥ってしまう大きな理由は、

不安になる真の原因を自分でわかっていないからです。

 

 

当たり前と思われるかもしれませんが、これはかなり重要なポイントです。

 

 

もしも、なんらかの場面で不安や緊張に襲われたとしても、

その原因をハッキリと自覚することができていれば、

対処方法もすぐに見つかります。

 

 

ですが、そうできないのは、不安の真の原因がわからないからです。

 

 

では、どうして不安の原因がわからないのでしょうか?

 


それは、自分を不安にさせるきっかけとなった出来事を、

いま、この瞬間に意識化することができないから。

つまり無意識に「抑圧」してしまっているからと言えるようです。

 

 

不安を生み出す「抑圧」

 

 

例えば、大勢の前でスピーチする際にひどく不安や緊張を感じる人の多くは、

過去に人前でひどく心を傷つけられた経験を持っていることがとても多いです。

 

 

ですが、その時の状況があまりにも辛く傷ついたせいで、

無意識に「なかったこと」にしていたり、

「記憶から消去」していたりします。

 

 

これが「抑圧状態」ですね。

 

 

心の奥深い場所に、なんらかの「抑圧された感情体験」がある影響で、

訳もわからず自分の感情をコントロールできなくなるのはとても苦しいものです。

 

ときには、日常生活に支障が出てくることもあります。

 

 

実際、ある場面で過剰に心が乱されてしまうことで、

神経症(不安障害や強迫性障害、パニック障害など)を

抱えてしまうことは少なくありません。

 

 

「抑圧」が生まれる仕組み

 

 

たとえば幼い頃、一生懸命、頑張ってなにかに取り組んだのに、

失敗してしまったというような経験は誰にでもあるでしょう。

 

 

そんなときに、まわりにいる大人たちに、その失敗を暖かく許容されるのではなく、

たとえ悪気がなかったとしても、嘲笑されたり、残念そうに深いため息をつかれたりすれば、

誰でも深く傷つくものです。

 

 

特に、本来であれば無条件の愛を与えてくれると思っている親に、

そうした行為をされた場合には、深く傷ついてしまうことでしょう。

 

もしかしたら、その瞬間に

 

「ああ、私は愛されていなかったんだ」

 

「私はもう見放された」

 

と感じてしまうかもしれません。

 

 

こうした、親に愛されていないとか見捨てられたという思考や感情は、

とてもつらくて受け入れられるものではありません。

 

 

すると、愛されていないとか、見放されたという気持ちを、

なかったこととして忘れようとしたり、

もっともらしい別な理由を見つけて傷ついた心をごまかしたりします。

 

これが「抑圧」ですね。

 

抑圧は、記憶の一部を無視したり否定したり書き換えたりすることです。

 

ですが、現実に起こってしまった事実は、本来否定しようがありません。

 

いくら無視したり否定したり書き換えようとしても、

心の奥底では「厳然たる事実」としてもう残ってしまっています。

 

それに対して、蓋をしたり、見なかったことにするわけですから、

どうしても無理がかかって、精神的に不安定な状態になります。

 

 

こんなふうにして偽っている自分が正しいと思いたい自分と、

心の奥底に抑圧した感情が正しいと思っている自分と、

二人の矛盾した自分を心の中に抱え込む訳ですが、

このような心の状態を、「葛藤」といい、

この「葛藤」こそが私たちの心を不安で一杯にしてしまう原因になっているようです。

 

 

ですから、

心の奥深い部分に抑圧してしまったものを明らかにし、

それを改めて受容することで

「不安への囚われ」から抜け出すことができるということですね。

 

 


 

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